huruyama blog

学びや子育てやホームスクールなどなど 古山明男さんのコラムが大好きなので ご本人の許可を頂き紹介しています。

茂木健一郎 講演 youtube

古山です。

活躍中の脳科学者、茂木健一郎の教育に関するたいへんおもしろい講演が
Youtubeにあります。

のっけから
「結論から申し上げると、学校行く必要ないんじゃないでしょうかね。学校そも
そもいらないんじゃないですか。あと国の学習指導要領とか、いらないですね」
https://www.youtube.com/watch?v=7YpOp6YsPAg&feature=youtu.be

2017年8月26日、「登校拒否・不登校を考える夏の全国大会」(東京、早
稲田大学)における茂木健一郎の講演です。

「学校よりも、フリースクールとかホームスクールとかいうもののほうが、実は、
ベストプラクティスに近いということを、私はいろんなエビデンスとか、脳科学
的考察から確信しています」

爆笑の連続。とにかくおもしろいです。


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古山明男

幸福な生き方

子どもが、幸福な生き方を身につけることができるようにするのが、教育なんだ
と思います。きょうを幸福に生きる。その術を知っていれば、一生幸福です。


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古山明男

子供の探求をサポートすること

古山です。

8月26日、27日に東京有明で行われた「未来の先生展」に行って来ました。

自分たちで何かやろうとしている人たちを、片っ端から呼び集めているので、熱
気のある独特の世界ができていました。広々した野原に、たくさんの野の花が咲
いているようなものです。教員の免許更新講習では、ぜったいに現れてこない熱
気。

教育というのは子どもの探求をサポートすることなんだ、教育の主人公は子ども
なんだということが、当たり前の基盤になっていました。

19の教室で同時にいろんなワークショップやプレゼンテーションが行われ、それ
ぞれの教室が90分講座を一日4コマ、総計135コマという大規模なものでした。
2千人くらい集まっていたのではないかと思います。
ホームスクールの講座も一つありました。

全体のオーガナイザーをやっていた方が、オルタナティブ教育にも熱心な方で、
シュタイナー、サドベリー、モンテッソーリなどいろいろ参加していました。み
んな入り乱れてやっているのがおもしろかったです。
学校だろうが、学校外だろうが、子どもにとって良ければそれでいいんです。

「黒板とチョークの授業を終わらせよう」が、共通した思いだったと思います。


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古山明男

生きていくのに大事なこと

古山です。

子どもに、生きていくのに最も役に立つことを手渡したいと、私たちは願ってい
ます。この子たちに、ほんとうに幸せになってほしいのです。

では、何を手渡しましょうか。
財産を渡しても、賢く使えるかどうかはわかりません。
学歴や資格も、葛藤の多い人生になることから防いではくれない。

生きていくのにもっとも大事なことは、恐怖にどう対処していくかのアートを伝
えることだと思います。
アートというのは芸術という意味もありますし、技法・技術という意味もありま
す。


私自身、したくもないことをいろいろ仕出かしました。それは、たいていは怖さ
紛れです。

自分が誰の言うことにも耳を傾けなくなるのは、怖いからです。

見栄を張るのは、怖いからです。

相手を攻撃するのは、怖いからです。

自分に自惚れるのは、怖いからです。

何かに耽溺するのは、怖いからです。

教条にしがみつくのは、怖いからです。


どうしてそんなに怖いの?

怖かったときに、「ああ、怖かったねえ」と言って背中を撫でてくれる人がいな
かったから。

自分で自分を「ああ、怖かったねえ」とハグできないから。

それで、いろんなカスを掴んでしまった。
耳を澄ませれば、この世界はたくさんのことを語りかけているのに。

親たちも先生たちも、「~すればいいのに」と「もっと気をつけなさい」しか持
っていなかった。それは、大人たちが自分の恐怖に直面しないで済む手段だった。

怖さを認識できるところから、明晰さが生まれます。
怖いまんまでいい。
自分の中の子供が怖がっていることを慈しめるのが、大人というものです。

恐怖をどう生きていくかのアートがあれば、いろんな能力は、おまけのようにつ
いてきます。恐怖がなくなれば、意欲は自然に出てきます。

現代の主流の教育観、つまり、人材を育てることと稼げるようになることは、大
事なポイントをはずしたままだと思うのです。


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古山明男

学校教育は成果を求める

古山です。

ふと思いついたので、書き留めたくなったことです。

学校教育の最大の問題点は、いつも生徒に対して成果を求めていることだと思い
ます。

絵を描いたり、歌を歌ったり、身体を動かしたりすることまで、成果を上げるこ
とを求められる。そうじゃなくて、描きたいから描き、歌いたいから歌い、動き
たいから動くんだってば。

とうとう、道徳まで教科になってしまった。教科書まで作るとか。

先生が日々やっていることが、道徳の教材なのに。
そこにはいいことも悪いことも書いてある。

先生はいつも成果を出さなければならない、
学校はいつも成果を出さなければならない。
文科省指導要領をいかに達成したかという成果。

学校の人たちはヒラメの大群。上ばかり見ている。
ほんとうに子どもに対して責任を持っているわけではない。

それに文句をつけてもしょうがない。だって、決められた職務をこなすために、
訓練され、採用され、任命され、給料をもらっているのだから。

個人的に悪い人なんて、めったにいるわけではないのだけれどね。

もちろん、指導要領の内容は、悪くはない。
それを習得できていればいいですね、ということばかり書いてある。

でも、教える方も、教えられるほうも、大事なものを失ってしまう。


生きることそのものが、学びなんです。


夏休みですら、「思いっきり遊びましょう」と言えない学校なんて、なんかおか
しい。

夏休みと言わず、思いっきり遊びましょう。

 

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古山明男

勝手にやる算数 500円玉

遊べるものを一つ紹介します。

用意するもの

 500円玉 10枚

 料理用のはかり デジタルでも昔からの台秤でもよい。

 封筒2枚以上

前提となる知識 かけ算の7の段


1 500円玉は一個何グラムだと思う。(当てずっぽうで構わないから予測し
てもらう)

2 じゃあ、はかってごらん。(7gです)

 (秤によっては数g程度の数値は読みにくいときもある。そのときは、10枚
の重さをはかって、10で割る)


3 封筒に500円玉を何枚か見えないように入れる。
 「お年玉を500円玉でもらいました。さあ、何枚入ってるでしょうか」
 「重さをはかっていいよ」

  封筒1枚の重さもはかれるようにしておく。

4 重さをはからせる。
  500円玉の枚数を予測する。
  封筒の中を見てみる。

  「お、当たったね。すごいね」
  (最初は当たるように、2~4枚程度入れる)

  デジタル秤だと、封筒の重さを打ち消してはかる機能がついてるものもある。
  あるいは、ちゃんと封筒一枚が何gかはかって引き算してもいい。

5 繰り返す。

  7の段をよく知っていたら、遊びになる。

  実際は、4,5年生になっても、7の段があやしいのは、よくあること。そ
のときは「九九を忘れていたら、聞いてね」と言っておく。そうすると「しちろ
く、いくつ」と聞いてくるので、答えているうちに耳から覚えてくれる。

  九九を知らなかったり、うろ覚えだったら、
  7
  7+7
  7+7+7
   ....
  をやって、7の段の表を作ってもらう。
  7の段の九九を覚える。

古山

勝手にやる算数

古山です。

学校の教科としての算数が、どうしてあんなにつまらないのか。どうしてあんな
に落ちこぼれをたくさん出すのかと、不思議に思っていました。

検定教科書型の、足し算引き算、かけ算わり算などを順番にきちんと教え、きち
んと出来るようになったら次に進ませる、というやり方に問題があります。
無味乾燥なのです。あってるか間違ってるかに、こだわりすぎます。

それと、点数付けにあまりに絡め取られてしまっています。

もっと自由に柔軟にやったほうがいい。
一つ一つをきちんと詰めてなくても日常生活で言葉を覚えるように、だんだんな
じんでいけばいいです。

もっと日常性に根ざした方がいい。
計算技法から入らずに、長さを測るとか、重さを測るとかからはじめて、料理や
ら工作やらするうちに計算を覚えたほうがいいと思います。


算数教育の研究を、ライフワーク的にやっていました。
なんとかまとめたいと思っています。

Youtubeにビデオをアップしているのもそれです。

それとは別に、冒険物語の中に数量的ストーリーを埋め込んで、計算をしながら
読んでいくようなものを作っています。だんだん発表していくつもりです。皆様
に使用してどうだったかを教えていただき、よりよいものを作って行きたいと思
っています。

 

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古山明男