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huruyama blog

学びや子育てやホームスクールなどなど 古山明男さんのコラムが大好きなので ご本人の許可を頂き紹介しています。

評定からの自由

古山です。

私の塾の部屋に、絵が飾ってあります。来た人が、「いい絵ですね。誰の絵です
か」と尋ねてくれると、「ふふふ」と言って、私が自分を指さします。ちょっと
得意になれますね。嬉しいですね。

「これなら、絵本にしたらいいのに」
よく、そう言われます。まんざらお世辞でもなさそうです。
たしかに、この程度描けるなら、絵本画家にもイラストレーターにもなれたろう
に、と思うのです。

ところが、だめだったんです。
その気になったことはあるのですが、だめでした。本気でやろうとしたら、もう
絵のレベルが落ちてしまって、どうにもならなかった。

飾ってある絵は、知人の子どもたちのために描いたものでした。私がちょっと描
くと、その子たちがものすごく喜んでくれるのです。それで、私はノッてしまっ
て、工夫しまくり、技法を研究し、短期間にすごく腕を上げました。

そうしたら、大人が目をつけます。
「古山さん、本気でやったら」
私も、やってみようと思いました。すると、結果が気になり出します。描いてい
るものが出版されて人気になって賞を取って、なんてのを、空想します。「そう
なるはずないこと、わかってるけどさ」、なんて言い訳しながらね。

売れるほどのものを目指すと、うまく描こうとします。それが、描きたい意欲を
追い越します。もう大人なので、眼だけは肥えています。自分の描いているもの
が、これじゃだめだ、というのはよくわかる。でも、問題点を指摘はできるけれ
ど、どうしたらいいかの感覚は湧いてこない。
だんだん、描くのが進まなくなり、いつのまにか、投げ出しました。


これが、評定されるということだと思います。自分で自分を評定してしまった。
それで、自分の中の子どもがすくみあがってしまった。

あの頃はまだ、自分を愛することを知らなかった。


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古山明男