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huruyama blog

学びや子育てやホームスクールなどなど 古山明男さんのコラムが大好きなので ご本人の許可を頂き紹介しています。

子どもは物語を生きている

子どもの精神は白紙である。そこに書き込んでいくのが教育である。

現在の基本的な教育観はそのようなものです。

これは間違いです。子どもを観察すれば容易にわかることです。子どもの精神は
白紙ではありません。いつも何かが沸き起こり、流れ出しているのです。

子どもはいつも何かイメージをもっています。そして物語を紡いでいます。

その物語がどのようなものであるかは、私たちが寝ているときの夢のようなもの
だ思えばいいです。寝ているときの夢は、なにやら、ストーリーだらけですよね。
これと同じようなものが、幼児のとき、日常の意識にいつも流れています。そし
て、大人になっても、寝ているときの夢という形で残っています。

この、子どもが紡いでいる物語は、大人で言えば哲学に相当します。生きること
はどういうことであるか、世界はどのようになっているかについて、物語ってい
るのです。

だから、子どもはお話をしてくれ、と言います。
それは、もちろん、別な世界に没入したいのですし、感動や興奮を求めているの
です。でも、「この世界のことを教えてほしい」と言っているのでもあります。

4、5歳くらいにもなりますと、子どもたちは言葉という表現手段を身に着けて
きますし、絵という表現も使いこなせるようになってきます。そうしますと、子
どもは絵を描いて、「これは~だ」「これがこうした」と言うようになります。
文字が書けるようになると、
そうしますと、子どもが何を考えているのか、よくわかるようになります。

この、子どもが表現しているものと対話すること、それが教育の名にもっともふ
さわしいと思います。
子どもも嬉しい、大人も楽しい、そして子どもはどんどん伸びます。

後年の、哲学も、科学も、この子どもの物語が変形し、発展していくものなので
す。

学校は、この子どもの内面的な流れを抑圧します。そして、与えられたものに注
意を向けるようにと言います。

それが、信頼関係の上になりたち、賞罰や競争に訴えず、限られた時間内だけの
ことであるならば、意味はあると思います。信頼できる大人から、知識や技術を
学ぶことも、子どもの本能のなかにあります。

しかし、学校による内面的なものの抑圧は、子どもの内面の発達を阻害します。

子どもと、ストーリーの世界を共有し、そこで戯れること。
これが、実は、たいへん優れた教育になります。

詳しいこと、また、続けて書きます。