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huruyama blog

学びや子育てやホームスクールなどなど 古山明男さんのコラムが大好きなので ご本人の許可を頂き紹介しています。

なんのための教育

学び 教育 哲学

古山です。

人間は、日常生活の中で、幸福に生きられます。それは、決して無為でぼんやり
と暮らすということではありません。活動的に生き生きと暮らせます。

自分を見ていても、いろんな方を見ていても、そうなんだもの。

私は、子どものための教材作りが好きです。これをやっていると、「こうすれば
わかるだろう。こうすればおもしろいだろう」というアイデアがつぎつぎと浮か
んできます。それを子どもに試してみて、目論見どおりのこともある。うまくい
かないこともある。実にドラマチックです。算数だったり、英語だったり、理科
だったり、教材に「これでいい」はありません。常に工夫改良の余地があります。

衣食住は、最低限の健康と快適さを確保するのに、いかに手抜きするかでやって
いますが、それはそれでおもしろいです。最近のヒットは、着ていない服を思い
切って捨てて、衣類の格納場所を一か所にまとめたこと。なにがどこにあるか、
見通しがつくようになりました。

庭の草を取ったり、植木や花をいじるのもおもしろいです。

おとなりのご主人は定年退職した銀行マンですが、庭と生け垣をそれはそれは見
事に手入れしています。これが楽しいんですね。

はす向かいのお宅のご主人も、いつも庭いじりしています。植木屋さんいらずで
す。

子どもたちは、おもしろいことを見つける本能があって、いつも何かしらに熱中
しています。

さらに職業があれば、他の人の役に立つ、という喜びを与えてくれます。

それなのに、「頑張る」「努力する」「いつも上を目指す」の教育が流行してい
ます。「あなたは本来無価値な人間です。努力して認められたときだけ幸福にな
れます」という人間観がはびこります。
これって、宗教家やら教師やら聖職者たちの自己防衛でしょう。
彼らが失職しないための欺瞞としか思えない。

それで、自己攻撃の葛藤で苦しむ人間が、たくさんできてしまっています。

古山明男