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huruyama blog

学びや子育てやホームスクールなどなど 古山明男さんのコラムが大好きなので ご本人の許可を頂き紹介しています。

いくつかの学校神話

学び 哲学

学校に行かないことへの恐怖が世の中にたくさんあり、多くの人が学校に行かな
い子どもたちのことを心配してくれます。

でも、そのほとんとが、はっきりした根拠のない神話なのです。

すべての人が、どんな無理をしてでも学校に行かなければならなかった。無理を
することそれ自体に価値があると信じさせてほしかった。そのため神話ができて
くるのです。。

よくあることですが、学校は、ちょっと休んだりすると、「わがままになる」と
言ったりします。これは、はっきりと間違いです。会社でちょっと休暇を取った
らからといって、わがままでもなんでもありません。
学校は子ども一人一人に対応しきることは無理です。学校の対応能力を超えた要
求が出てくると、「そんなことはわがままだ」と言い出すのです。学校のご事情
はよくわかるのですが、だからと言って、「わがままになる」などと言い出さな
くてもいいのに。

ほんとうにわがままになる子は、大事なところを挫かれていて、自分でできると
いう実感がない子です。そのため、他人を命令して動かそうとしたり、他人に当
たったりします。

自由の味を知っている子は、わがままになりません。やりたいことをやっている
だけのことです。自由なのに、なんで、わがままをして他人ともつれる必要があ
るんですか。

「目的意識を早く持たせないと」という神話もあります。でも、小学生の脳は、
まだ目的意識で動くような構造になっていません。まだ、興味と関心で生きるべ
き時期なのです。この時期にエネルギー全開で人生の充実を知らなかったら、あ
とのどこでそれを学ぶというのですか。

「ここでがんばれないようでは将来が」
そんなことありません。大人になった人たちが苦しんでいるのは、ガンバリズム
が落とせなくて、リラックスした生き方ができないことです。
子どもの育ちは、大きなものによってコントロールされています。子どもは眠っ
ているときにそれを受け取っていますし、直感的にその日取り組むべきことを把
握しています。けっして、学校のカリキュラムによって、生育をコントロール
れているわけではありません。

命令、指示、スケジュールなどの次元ではない、大きな秩序というものがありま
す。
古山明男